特集 「IT時代の建築設備設計/管理のゆくえ」
第1回
『設備設計者に求められる時代の変化への対応と拡がる今後の可能性』

沖塩先生
沖塩荘一郎 氏

宮城大学事業構想学部
デザイン情報学科教授

  1. エスコ事業、コミッショニングとこれからの建築設備
  2. ストック時代の建築設備
  3. ITで変わる建築物の在り方
  4. これからの建築設備設計者像
  5. ITによる設備設計の変化
  6. 競争力を高めるIT利用
  7. ASPを利用した建設プロジェクト管理への参加スタンス
  8. 設備設計者への期待について
  9. 自動化だけが建築設備ではない
  10. ファシリティマネジメント(FM)の中核の担い手になれる設備設計者
  11. 設備設計者のFMへの取り組み方法
クウェート電気通信センター沖塩先生は、日本電信電話公社時代に、クウェート電気通信センターや横須賀電気通信研究所等、最先端技術を集めた電気通信関係建築の設計を担当され、 大学教授になられてからは、「情報革命と都市・建築」や「ファシリティマネジメント 」、「建築のライフサイクルマネジメント」を主要テーマに研究・実践をされていらっしゃいます。
建築設計全般だけでなく、IT・FM・ライフサイクルマネジメントという、これからの時代に最重要視される分野に造詣の深い沖塩先生は、建設界において、 非常に貴重な存在の方です。

沖塩先生ホームページ:http://www.myu.ac.jp/okishio/
宮城大学紹介:http://www.myu.ac.jp/myuweb/facu/facu.htm

【 エスコ事業、コミッショニングとこれからの建築設備 】
Q これからの建築設備設計/管理には、何が求められるとお考えですか?
『最近、米国で始まったエスコ事業の日本進出やコミッショニングの考え方が、 わが国の建築設備設計や管理に大きい影響を与えようとしています。
省エネルギー診断から工事、管理、資金、省エネ効果保証をうたう省エネサービス会社エスコ(ESCO:Energy Service Company)の事業は、 エネルギーコスト削減で浮いた分の一定割合をESCOサービス料として払うが、万一約束した削減量を達成できなかった場合は立て替えた工事費を請求 しなかったり、削減保証量と実際の削減量の差分コストを施設オーナーに返還してくれるという性能保証サービスを含んでいます。
コミッショニング(commissioning性能検証)は、完成直後の性能検査だけでなく、使用開始後、要求通りの性能を発揮することを検証することです。
最近、わが国の某大手建築設計事務所の常務さんから次のような話を聞きました。 「わが事務所の建築設備部門は、エスコ事業により大きい影響を受けています。わが事務所で設計した建築物の幾つかが、 『わが社に任せればエネルギーコストを大幅削減します』とエスコ業者から攻勢をかけらるようになったのです。
調査から、その多くは設計時に想定した使い方をしていないためエネルギーを浪費していることが判りました。 わが事務所で設計した設備の、使い方指導をきちっと行ない、エネルギー使用量を含めた性能検証を長期にわたり行なっていかないと、 事務所の信頼を損ねかねません」と。
いままでの建築設備設計/管理は、設備の性能保証を正確な意味ではしていなかったと言えるでしょう。 コミッショニングの考え方を取り入れていくことが必要です。
また、「エスコ」についても、これを敵と思っている設備の方も多いと思いますが、 逆に自分達が「エスコ」を武器に新しい展開を図っていき、これをビジネスチャンスと捉えるべきだと思います。
単に省エネを実現する最新の設備機器を導入だけではなく、そのエネルギー運用の指導と管理、サポートを行い、 さらに実際のエネルギーの消費量を建築主に提示する。そして、その数値が当初の計画通りだったのか、他のビルと比較してどうなのか等を検証する。 ここまで実施することで、設備の性能保証を行ったことになり、設備設計者としての本来の責務を果たしたことになります。 そして、他社との差別化が図れるとともに、運用面での新しい売上を得ることができるでしょう。』

【 ストック時代の建築設備 】
Q 建設業界は、スクラップ&ビルドの時代が終わり、 ストックの時代を迎えていますが、建築設備業界はこれをチャンスと捉えるべきなのでしょうか?
『もちろん、そうですね。これからは、新築の建物が多く建つ時代ではありません。既存の建物を有効に活かす時代です。 既存の建物を建築家と設備設計者が組んでリニューアル、つまり新しい供給をしていくことが強く求められる時代だと思います。 古い建物の用途変更やリニューアルの時には、設備のウェートは一般に非常に大きくなります。
設備のリニューアル技術を持っているかどうかが、これからは重要です。限られた条件の中で設備を如何にうまく使っていくかが重要視されます。 用途変更やリニューアルの際、設備設計者にとって重要なポイントは、建築家から与えた条件の中だけで考えるのではなく、設備設計者から建築家に逆に提案していくことです。
ストックの時代こそ、設備設計者の知識と技術と提案が、非常に重要と言えるでしょう。』

【 ITで変わる建築物の在り方 】
Q IT時代に設備設計者はどんな動向を注目しておく必要がありますか?
『インターネットや「ケイタイ」の爆発的普及で、建築や都市は大きく変わろうとしています。IT活用で、何時でも何処でも仕事ができ、 勉強ができ、本が読め、美術品が鑑賞できる時代になってきています。オフィス、銀行、デパートや商店、学校、 図書館や美術館などの建築やあり方も大きく変わろうとしています。変わらなければ生き残れない時代になりつつあります。
先日、仙台で日本建築学会の「21世紀の図書館」をテーマにしたシンポジウムが開催されました。3 年前に完成した宮城県立図書館について設計者の原広司さんは、「ネット上で読みたい本の読める時代の図書館がどうなるのかは判らない。
一方建築は長い生命を保つものにしたい。そこで多くの人が来たくなるような建物を狙った。本を読みたい人だけが来る施設ではなく、 本が好きではない人も来る、人が集まる場という考えで設計した」と言われました。過去の図書館は、本を借りたり静かに本を読む場だったが、 何処でも読みたい本がネットで得られる時代の図書館は、そこに行くと皆が勉強しているので自分も集中できるといった雰囲気を求める場になったり、 本について語り合う場になるかもしれない。
オフィスも、何時でも何処でも仕事ができるようになったことから、座席を決めないノンテリトリアルオフィスにして、 座席数を大幅に減らす一方、多様な空間を用意して、 知的生産性を高めると同時にスペースコストを大幅に減らす例がわが国でも遅れ馳せながら徐々に増えてきています。
建物の役割が大きく変わろうとしている現在、役割が変わっても対応できるような建築を作っておく必要があると思います。 近代建築のテーマ「機能主義」で、現在の機能に合わせて建てた建築では、機能の変化が早い現在、スクラップ&ビ ルドの連続となり、 地球環境からいっても問題となるでしょう。
建築設備も、ITで大きい変化の予想される建築の役割の変化への対応を充分に考える必要があると思います。』

【 これからの建築設備設計者像 】
Q 変化に対応できる設備設計が必要ということですね。
『将来の変化に対応できる設備、設備システムの変更が行いやすい等のフレキシブルな設備設計が求められると思います。 設備機器の寿命は10年や15年等、建築よりはサイクルが短いのでそれらの取り替えや変更は勿論ですが、 将来の大きい役割の変化への対応も考慮した設計が必要となるでしょう。
また、いままでの設備設計者の評価は、「先進的な建築設備システム」を導入した人が評価されたりしていたように思いますが、 これからの設備設計は、ランニングコストが掛からない、地球に対する負荷を軽減するコンサルティングができる人が優秀な設備設計者と言われ、 建築主や社会に評価され、仕事が増えるでしょう。』

【 ITによる設備設計の変化 】
Q CADとインターネットの普及や、CAD2次元データ交換標準フォーマット(SCADEC※建設CALS/EC最新動向参照)がまもなく完成する等、建築設計の流れを大きく変革するITインフラが整備されてきています。これにより、建築設備設計の流れはどのように変わるのでしょうか?
『ITによる設備設計の変化について、私はイントラネットなどによる情報共有化による設計方法の変化が第一にあると思います。 プロジェクトの最新情報をすべての関係者間での共有できるということで、仕事の進め方が大きく変わります。
今まではトップが先に情報を得ていたものが、トップから末端社員まで、場合によっては外部の関係者まで、 同時に情報が得られ、ネット上で発言や調整ができることから、皆が参加意識を持ち、上から指示をしなくてもお互いに連絡を取り自主的に問題解決が行なわれたりします。
最新情報の共有により、意匠の情報が設備に遅れて入ったり、情報の行き違いが起こったりによる、いわゆる「手戻り」も少なくなり、 業務のスピードアップ につながります。
また、CADデータは、CAD2次元データ交換標準フォーマット(SCADEC)ができることもあり、意匠から設備、そしてファシリティマネジメントまでのデータ連動が求められます。
大御所といわれる設計者は別にして、一般の建築設備設計者はCADを使わなければプロジェクトに参加できないことになるでしょう。
ITの利用により、遠隔地との協調もいままで以上に行われるでしょう。実際、すでにITを利用して海外と日本の設計事務所が協調し、 時差をうまく使って効率化を図った事例等、遠隔地との協調の事例はいくつもあります。』

【 競争力を高めるIT利用 】
Q ITを活用して競争力を強化するためには、どのような方法が考えられますか?
『建築業界は、まだまだIT利用が他産業に比べ遅れていますが、そんな状況の中でもITによる情報共有や調達・購買の変革等で、 大きな成果を挙げている 事例がいくつも出てきています。
鹿児島建築市場(http://www.ben.co.jp/ichiba/)は、 何十社もの小さい工務店が1つのグループを作り、インターネットの活用やイントラネットによる情報共有で大きく纏まることにより、 販売店ではなく一次問屋から建材等の調達・購買をまとめて行ない、建築の坪単価の大幅なコストダウンに成功し、競争力を高めています。
鹿児島建築市場では、単に大量発注によるコストダウンを図るだけではなく、設計業務の効率化を図るCADシステムをはじめとする各種システムの活用により、 さまざまなシーンでの高効率化を目指しています。
このような事例は、建築設備業においても可能なので、鹿児島建築市場を参考にして、競争力を高めていくべきだと思います。』

【 ASPを利用した建設プロジェクト管理への参加スタンス 】
Q ASP(Application Service Provider)サービスを利用した建設プロジェクト管理がこれから主流になりそうですが、 設備設計者はどのようなスタンスで参加すべきですか?
『センターで集中管理された様々なアプリケーションを多数の顧客に提供し、顧客はネットワークを通してサービスを受けるというASPは、 建設産業の様々な 分野で活用されることが予想されます。
官庁施設の維持保全や運用管理に関する情報、 ベンチマーク情報サービスを行なうASP、保全情報センターを設立してはどうか、といった動きもあります。
設備設計者がASPを利用した建設プロジェクトに関わる場合には、工事中だけではなく、竣工後もそのデジタルデータを活用してライフサイクル マネジメントに生かしていくことを考えて参加すべきでしょう。』

【 設備設計者への期待について 】
Q 設備設計者の方々に何を期待されますか?
『意匠設計者への強烈な提言を望みたいですね。
日本電信電話公社に勤務していた時代に建築設計をしている時、印象に残る設備設計者が何人もいます。
彼らに共通しているのは、柔軟で豊かな発想、溢れるバイタリティ、設備のプロとしてのプライド、そして、 新しいことをやりたいという意欲を持っていたことです。
「これは法律で認めらていないので、できません」ということばかり言っているようではだめです。 逆に「現行の法律では認めていないがやりましょう」というぐらいの意欲が、より良いものを作ることにつながります。
イギリスのオブ・アラップという有名な事務所には、それぞれの国で認められていないことを認めさせるというベテランがいます。
建築基準法でも、多くの規定は一般の建築向けなので、予想しない特殊な建築物についての例外規定第38条があります。 これらの活用も益々大切になるでしょう。』

【 自動化だけが建築設備ではない 】
『設備とITというと、「開けゴマ」のように、「暑い」と言えばすぐに部屋が涼しくなるような超未来的設備が イメージされますが、このような設備が開発されることが良いとは思いません。
大分前のことですが、日本建築学会でインテリジェント住宅に関するシンポジウムの企画を依頼されました。 坂村健教授のトロン住宅の説明などと一緒にパネラーをお願いした建築家の宮脇壇さんは、 「東京で10日以上冷房を必要とする住宅は、設計が間違っている」と言われました。
地球環境問題を考えても、自然の 活用はこれから益々重要になりますね。設備は自動化を重要視する傾向にありますが、 これからの時代は自動化だけに向かわない方が良いと思います。』

【 ファシリティマネジメント(FM)の中核の担い手になれる設備設計者 】
Q沖塩先生はFM界の第一人者でもありますが、設備設計者はFMを どのように捉えるべきとお考えですか?
『一昔前の建築は、新築または増築が中心でした。近年維持保全に対する関心は高まっています。 しかし、既存の建築をどう活かして使うか、新築にしても完成後それを如何に長期にわたって活かしていくか、ということに対する提案は充分で はありません。今はこれが求められています。
FMもようやく広くその意義が理解されはじめてきましたが、マネジメントという部分での実践はまだまだこれからというところです。 社会性、人間性に充分配慮し、経営的視点で施設を見ることが大切です。そしてITの中にそれら両立の様々な可能性があります。
知的労働で言えば、世界中の優秀な頭脳がネットで自由に使える今、相対的に給与水準の高い日本のワーカーに求められるのは、 その知的能力を最大限に発揮して貰うことです。各人の集中できる空間は様々です。煙草を次々吸わないと集中できない人もいれば、 煙草の香りがすると集中できない人もいます。公園で寝そべっている時に発想が浮かぶ人もいるでしょう。
一方、今の社会の問題には、会社中心でコミュニティ活動や家族との連携の少なさがあります。 朝9時から夕方5時までといった勤務形態でなく、自分の知的能力を最大限に発揮できるようにする勤務形態は、 会社にとっても個人にとってもプラスの筈です。ファシリティについても、既成概念に囚われない柔軟な発想が求められます。
また、FMには、意匠設計者、設備設計者、情報システム担当者等、さまざまな立場の方が取り組まれていますが、 私は設備系の方がFMの中心になる可能性が高いと考えています。
施設をマネジメントしようとした時、設備の占める比重が高いのです。従って、設備系の人こそFMに取り組むべきだと思います。
リニューアルの場合でも、新築においてもFM的視点は非常に重要です。』

【 設備設計者のFMへの取り組み方法 】
Q設備設計者がFMに取り組もうとした場合、どのような勉強をすれば良いのですか?
『勉強するのではなく、広い視野を持って、常にFM的視点を意識して仕事をすることが重要だと思います。
FMの基本的なことは抑えておく必要がありますが、重要なのはFM的視点を常に意識していることです。
近年、ビルメンテナンス業界では、FMを強く意識し出しています。いままでのやり方を変革したいという観点からのようです。 新しい時代への対応のために 業界全体で意識しているようです。
どの業界の人でも自分の技能を1つか2つは深く持っている必要はありますが、その他に幅広い知識と時代の変化を読む先見性が求められるといって 良いでしょう。
これからの時代は、FMは非常に重要な要素ですし、建築主や社会からのニーズは今後ますます高まりますので、 設備設計者はぜひFMに取り組んで欲しいと思います。』

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