特集 「IT時代の建築設備設計/管理のゆくえ」 |
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第11回目は、早稲田大学理工学部建築学科教授の田辺新一先生にお話を伺った。田辺先生は、デンマーク工科大学暖房空調研究所、カリフォルニア大学バークレー校環境計画研究所に留学された経歴をお持ちで、海外の建築設備や環境計画に精通されるとともに、空気調和・衛生工学会賞を2度も受賞されている日本の空気調和・衛生工学の旗手である。
今回のインタビューでは、知的生産性を高める設備設計の必要性や、設備機器のソフト面の価値を高めるための方法論など、さまざまなお話を聞くことができた。
インタビューを通して、これからの時代に設備設計者・エンジニアが考察し、実践すべき方向性が見えてきた。
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【
Web上で入手できる設備運用シミュレーションソフト 】 |
Q:
ITの普及によって、建築設備設計は、どのように変わってきていますか? |
『ITの普及により、研究の流れもIT化されてきています。また、私の研究室のホームページには、年に1万件ものアクセスがあり、Eメールは多い日には100〜200件も来る時があります。すでに研究者の環境自体が大きく変わってきているのです。
建築設備設計者については、設備の運用後のシミュレーションもできるソフトがPC(パソコン)ベースになり、価格が安価になるとともに、その数が増えてきていることにより、設計者自ら操作して、設計者自身でシミュレーションができるようになってきたことが、大きな変化といえるでしょう。
シミュレーションソフトは、エネルギー、LCA(ライフサイクルアセスメント)、換気など、さまざまな種類があります。特に米国では、これらのシミュレーションソフトがWeb上においてあることが多いので、世界中からダウンロードができるのです。その価格はソフトによって異なりますが、ダウンサイジングにより、高くても10〜20万円程度のものが多くなっています。
米国では、10年くらい前からWindowsベースのシミュレーションソフトをWeb上でダウンロードできるようになり、最近5年は特にこの傾向が強くなってきています。今後は日本でもこの傾向が強くなるのではないかと考えています。
また、これらのソフトの価格が安価なのは、ダウンサイジングの流れだけでなく、ソフトのカーネルの部分は研究プロジェクトや大学の研究者が開発したものが多いからなのです。この辺りも注目すべき傾向だと思います。』
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【
社会が求める建築生産のための情報収集の勧め 】 |
Q:
インターネットにより、さまざまなソフトや情報が入手できるようになったわけですね? |
『例えば、私の研究テーマの1つであるシックハウスに関するホームページは、研究者のものだけではなく、私的なホームページも増えてきています。そのレベルはさまざまですが、参考になる情報を掲載しているものもあります。建築には開かれた姿勢が必要ですので、このような情報を見ていくことも重要です。建築プロパーの考えや情報だけで建築をつくっていくのではなく、多くのユーザーの声や情報をできるだけ集め、社会が求める建築をつくっていくことが重要なのです。ITにより、情報は誰もが手軽に入手できるのですから。
ただし、その情報の信頼性という点では、出典元が信頼できるところでない限り、多少疑って掛かるべきで、その情報の根拠や信頼性を必ず確認・検証することが必要です。
最近、学生に課題を出した際に、いくつかのホームページに掲載されていた記事や文章をコピー&ペーストでワープロに貼り、提出してくる例が見られます。情報を得るという点では、インターネットは活用すべきですが、ホームページなどで入手した情報を、自分で何の検証もせずに、そのまま資料やレポートに利用するのは問題があります。なぜなら、入手した情報は著作権フリーとは限りませんし、資料やレポートは自分の責任で作成するわけですから、その作成物に対して責任があるのです。
入手した情報は、その情報の根拠や信頼性を必ず自分で確認や検証をすることが必要で、情報を正しく取捨することが重要な時代になっているのです。』
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【
知的生産性を高める設備設計の必要性 】 |
Q:
室内環境が人に与える影響には大きいものがあると思いますが、これからの設備設計者はどのようなことを心掛けるべきだとお考えですか? |
『空調を例に取ると、その価格はどんどん安価になってきており、平米単価でいうと数万円程度になっています。机やイスなどの家具に比べても、非常に安価になっています。設備機器はその価値を高めない限り、昨今のコスト削減という流れの中で、このままではさらに低価格が進むということがあり得るのです。
従って、これからは設備機器のソフト面の価値を高めることが必要です。その1つのキーワードが「知的生産性の向上」です。
日本は、世界でもトップレベルに人件費が高い国です。その人件費が高い中で、社員の知的生産性が低い環境であることは、企業にとって大きなマイナスであり、結果として大きなコストアップとなります。作業効率を高めるための環境は、企業にとって大変重要な要素といえるでしょう。
実際に、温熱環境と知的生産性に関する研究で、知的生産性が数%下がると空調機器を入れ替えてもペイするという研究結果が発表されています。そして、知的生産性が5%下がるとビルを建て替えた方がいいという試算さえあるのです。
このように、温熱環境が知的生産性に与える影響は大変大きいのです。そして、知的生産性を高めるための設備計画・設計は、ユーザー側にも大きなメリットがあるので、設備計画・設計への期待が高まるとともに、設備計画・設計の重要性が認められるようになるのです。
私の研究室では、「温熱環境が作業効率に与える影響に関する研究」の実験をはじめ、さまざまな研究と実験を行っていますが、このような知的生産性が向上する温熱環境の検証が、今後は不可欠といえるでしょう。』
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【
設備機器のソフト面の価値を高めるリース化 】 |
Q:
設備機器のソフト面の価値を高めるために、「知的生産性の向上」は重要なキーワードなわけですね? |
『家具メーカーは、この「知的生産性の向上」というキーワードを以前より取り入れ、家具の低価格化の歯止めの1つとなっています。例えば、社員のイスを1,000円のパイプイスにした場合、どうなるでしょう。社員のモチベーションが下がるだけでなく、長時間イスに座ることが苦痛となり、知的生産性は著しく低下し、肉体的にも疲れやすくなります。企業は家具の性能が知的生産性に影響を与えることをある程度理解しているので、家具のソフト面の価値を認めているのです。
家具のように設備機器がソフト面の価値を認められるために、設備機器の中でも特に空調や照明などについては、建築工事の段階で販売するのではなく、リースにした方がいいと考えています。税制度の面での工夫と法律の整備はもちろん必要です。
建築工事の段階で、設備機器を販売すれば資産としてみられるわけですが、リース品とすれば、そのコストは経費となります。また、リースであれば設備機器を会社ごと、部署ごとに選択することが可能となり、自由度が高まるのです。これまでは、建築工事が竣工した段階で設備機器はすでに導入されていて、ある意味お仕着せの設備機器を使わざるを得なかったわけです。しかし、リースであれば、実際のユーザー・入居者が自分たちの望む性能の設備機器を導入できるとともに、ソフト面の価値を認められるようになるのです。しかも、自由度が高まり、ユーザー側にも大きなメリットがあるのです。従って、空調や照明などについては、コピー機などと同じようにリースにした方がいいのです。廃棄に関しても考慮すれば、循環型社会での活性材料となる可能性があります。』
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【
求められる環境評価の格付けと設計料のプラスアルファ 】 |
Q:
最近、環境計画・環境設計へのニーズが高まっていますが、設備設計者にとって、これは大きなチャンスとなるのですか? |
『すでに東京都では、大規模建築物について、LCCO2(ライフサイクルCO2)、省エネルギー、エコマテリアルの3つについて設計時にその性能を報告させるという指針を出しています。環境計画・環境設計は時代の大きなニーズなのです。
しかし、環境設計が必須となる中で、環境設計に対する設計料はほとんど認められていないのが現状です。これは大きな問題です。
大規模な建築物のコンペやプロポーザルでは、環境設計の提案が必要事項となってきていますが、その分の設計料はほとんどのケースでプラスされていません。また、環境設計を行うためには、環境評価のノウハウが必要です。大手設計事務所や大手ゼネコンには、環境評価ができる人材が社内にいるのですが、アトリエ系の事務所にはほとんどおりません。環境設計の設計料が払われないために、アトリエ系事務所は外注もできず、大規模な建築物のコンペでは大手設計事務所とアトリエ系事務所の差別化が起きてしまっています。環境設計に対する設計料を発注者、特に官公庁・自治体が認めることが必要なのです。
それから、発注者側にも環境評価ができる人材がおりませんので、今後は、竣工後に環境計画の通りの数値を本当に達成しているのかを評価できる機関が求められるでしょう。日本の格付け機関は、世界的に見てあまり信用が高いとはいえないので、ムーディーズのような外資系の機関の参入が行われると思います。イギリスでは、オフィスの数十%が格付けされており、もちろんそれを格付けする中立な機関があります。このような海外の機関が入ってきて、基準や格付けが明らかになることが予想されます。』
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【
設備計画・設計の価値と評価を高めることが重要 】 |
Q:
これからの設備設計者は何を考えるべき何をすべきだとお考えですか? |
『これからは、カタログで設備機器を選ぶだけの設備設計者は生き残れません。いま、設備設計者は将来を見据える必要があります。IT化、オープン化が進み、環境計画・環境設計へのニーズが高まる中で、どのような設備計画が求められるのかを真摯に考え、その課題解決に取り組むべきです。
その1つの取り組みとして、新しい設備機器の開発をメーカーと一緒に取り組む必要もあるでしょう。例えば、照明と連動した空調制御など、新しい設備機器の在り方は、いくつもあるはずです。
空調について言えば、冷やすだけ、暖めるだけでいいのでは、設備計画・設計に対する評価は高まりません。知的生産性を高めるために、設備計画・設計が重要だということをアピールし、それを実践することが、設備計画・設計の価値と評価を高めるのです。
社会のニーズに対応した設備設計を行うとともに、設備計画・設計の価値と評価を高めるためのさまざまな試みと実践を積極的にしていく必要がこのような時代であるからこそ重要であると思います。』
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