特集 「IT時代の建築設備設計/管理のゆくえ」
第12回
『ITで広がる設備設計の創造性』

福田 光久 氏
福田 光久 氏

新日本空調(株) 理事
IT推進部 部長

  1. “作図屋”から“クリエイティブな設計集団”へと変化したサブコンの設計
  2. 共有した情報の有効活用が企業の差別化につながる
  3. 設計の幅を広げるシミュレーションソフトの普及
  4. 情報共有に必要なルールとビジョン
  5. 空調を中心とした環境対策への取り組み
  6. 求められる独自の創造性と情報管理
第12回は、新日本空調(株)理事 IT推進部部長の福田光久氏にお話を伺った。
同社では、2001年8月より企業内の情報共有・発信を強化するために「全社イントラネット」及び「現場ASP」の導入を図り、社内及び年間約800ヵ所の建設現場作業所との情報共有を行っている。
今回のインタビューでは、その具体的な取り組みはもちろん、ITによる設備設計の変化や、環境対策への取り組み、そして、IT時代に求められる設備設計者のスキルなど、これからの時代に向けての示唆に富むお話を聞くことができた。

【 “作図屋”から“クリエイティブな設計集団”へと変化したサブコンの設計 】
Q: ITの普及により、設備設計/管理はどのように変わってきていますか?
『少し前までのサブコンの設備設計は、作図中心の設計技術(技能)集団だったと思います。以前は、発注者サイドが作成した企画・計画図面を元に、個々の設備機器などの納まりを検討しながら生産設計図を作成することがサブコンの設備設計の主要業務でした。ですから、極論すれば設計者としての企画は、ほとんど求められませんでした。 しかし最近は、コミッショニング(性能検証)を設計段階で求められるケースが増えてきました。設計段階で、引渡し後の具体的な運転・管理を含めた総合的運用の検討が不可欠となってきているのです。コミッショニングの実施には、設備機器の運用データなど、これまで施工業者の立場で蓄積してきたデータと運用後の性能に関する予測のシミュレーションが必要です。従って、そのデータを蓄積しているサブコンが、設計段階から運用を踏まえた企画を盛り込むことへのニーズが大変高まってきています。これにより、サブコンの設備設計は、“作図屋”から“クリエイティブなエンジニアリングが駆使できる設計集団”と変化してきています。これが最近のサブコンの設備設計にとっての、大変大きな変化です。 ここにITがどう関わっているかというと、コミッショニングはIT時代だからできるものなのです。類似設備システムに関する過去の性能テストデータ、運転上のトラブル事例をデータベースに蓄積し、データをアップデートに公開して、関係する社内専門家達の間で情報を共有し、コミッショニングに係わる諸問題の解決を図る。これは、ITなくしてはできない仕組みです。また、年間のエネルギー消費予測や室内温熱環境・騒音のシミュレーションにも、利便性の高いITは不可欠な設計ツールとなっています。』

【 共有した情報の有効活用が企業の差別化につながる 】
Q: コミッショニングにも、情報共有は不可欠なのですね?
『コミッショニングは、一人でできるものではありません。情報の共有化によって社内の専門家集団の総合エンジニアリングで対応する形が理想です。関係者全員の役割分担を明確にして計画・実施するものといえます。アメリカでは以前から取り入れているプロジェクト・マネジメントに近い手法ともいえるかもしれません。この情報共有を実現するにはITは欠かせません。
有益な情報の要素となる、社内の英知を集める仕組みは誰でも作れると思います。問題は、集めた英知をどうやって共有し、情報として上手に生かすかです。これが、企業の差別化につながっていくと思っています。
また、最近は、建築主側が運用コストなどを管理したいというニーズが顕在化してきています。そのため、建築主によっては、コミッショニング契約の中に引渡し後の、設備システムの総合運転・運用マニュアルとともに建築主側への指導・教育も含まれているケースが増えています。この点でも施工会社の設計者が行わないと対応できないことが多く、サブコンへのコミッショニングの依頼が増えているのです。
私どもでは、引渡し後のサービスの一環として、またクライアントの要請で何ヵ月か試運転や機能チェックに出向いたりしていますが、これからは契約のひとつとしてある一定期間は必ず機能チェックを行うという内容が盛り込まれるかもしれませんね。
今後は、コミッショニング専門の企業も誕生するのではないでしょうか。ただし、巨大なシステムは専門家が行わなければ性能検証が難しいので、スキルとしては設備のエキスパートが求められることが多くなると思います。』

【 設計の幅を広げるシミュレーションソフトの普及 】
Q: 先程、「運用後のシミュレーションにITは不可欠」とおっしゃっていましたが、具体的に伺えますか?
『音響や気流、熱関連など、パソコン上で自由に使えるシミュレーションソフトが増え、設備設計者の仕事の幅を大きく広げています。シミュレーションソフトは以前からありましたが、研究所のワークステーションなどの限られたマシンでしか利用できませんでした。これが設計者自身、自分のパソコンで自ら使えることで、クリエイティブなエンジニアリングを駆使できる設計ができるようになってきました。ただし、シミュレーションソフトで実際と全く同じ数値やデータが出るわけではありません。あくまでシミュレーションですので、そのシミュレーションデータを参考に、これまでの経験を踏まえて予測する能力が重要です。
これらのシミュレーションソフトのほとんどは、パッケージソフトですので、購入すれば、誰でも使えるものです。シミュレーションソフトとして、今後必要なのは、システム全体を運転したときの状況を捉えるソフトですね。外部の気温が38度の時、設備全体の性能・機能がどのように変化し、結果として建物全体の環境がどうなるのか、また、ある機器でトラブルが起きたときに、全体のシステムがどういう状態に陥るのかがわかる簡易的なシミュレーションソフトがありませんので、今後の開発が待たれます。
それから、CADがパソコンレベルで簡単に使えるようになったことも大きな変化です。CADの普及で、現在は設計者自らが机上で作図をすることが当たり前のようになり、設計業務の幅を広げています。』

【 情報共有に必要なルールとビジョン 】
Q: 御社では、社内のIT化のために、具体的にどのような取り組みをされているのですか?
『当社では、1998年から全社的に電子メールを導入・運用しておりましたが、2000年末には情報共有に向けて、全社イントラネットの導入を決定し、2001年8月に正式に運用を開始しました。設計に役立てるためには、関連する資料を集め共有化する必要があります。そのためのツール(勿論、社内全部門の情報共有システムの一環)として導入したのです。
これによって設計が完了した物件の情報は、その後の施工・改修情報も併せてイントラネットを通じて全社員が見られるようになりました。また、私たちの業務に必要な情報を的確に入手できるサイトを調べ、パッケージとしてイントラネットに入れてありますので、何か資料を検索したい場合はインターネットに直接アクセスするのではなく、イントラネットの中にあるわが社オリジナルのパッケージメニューにアクセスすれば、情報が簡単に探せるようになっています。無駄な検索をしないで、本当に欲しい情報を短時間で手に入れられるのです。
それから、年間約800ヵ所に開設されている建設現場作業所との情報共有化にはASPを導入しました。施工現場は、一過性の作業所だということや、複数の企業が出入りしていることもあって、全社イントラネットを利用することはセキュリティ上問題があると判断し、セキュリティが独立しているASPを使用することに決めました。こちらも2001年8月から運用を開始しています。現在、インターネットを通じて社内のLANと施工現場をつなぎ、イントラネットにある情報の中で、施工現場で使う工事等の情報はASPにも同じように入れて共有できるようになっていますが、今後は現場に特化した使い方に変えていく予定です。その段階では、施工現場は、セキュリティー問題を解決した上で、社内のイントラネットとASPの両システムを併用することになります。
設計は、人も情報も集約したほうが効率的だといわれていましたが、いまは分散していても何の問題もありません。サブコンの設備設計が企画もできるといえるようになってきたのは、くどいようですが、ITの普及による情報の共有化がその背景にあると思います。
ただし、情報を共有化すると、ルールが必要になります。このルール作りは非常に重要です。また、ITは自由に使えるからこそ、そこに会社の意思やスタンス、そして、ビジョンが必要です。これを上手にまとめて、社内に伝えることが、企業のIT推進にとって、大変重要だと考えています。』

【 空調を中心とした環境対策への取り組み 】
Q: 環境配慮と建築設備について、どのようにお考えですか?
『当社では、空調に関連する環境対策を中心に取り組んでいます。すでに使われた熱の再利用システムの開発や、水や空気を運ぶためのファンやポンプなどの動力を減らして省エネルギー化を進めたり、建物のリニューアルの場合、総合的設備診断に基づきライフサイクルコストの低減などを提案しています。建築主がリニューアルに求めていることはさまざまです。ある建築主はコスト優先、ある建築主は環境優先など、相手のニーズは異なっていますので、その求めているニーズに合わせて、私どもで保有する豊富なデータを活用した、より良い提案を行っています。その際のデータはこれまで構築してきたものを使うため、CO2の排出抑制値など、より具体的な数字が提示できます。それに、廃棄物量の削減も考え、設計段階から環境に配慮した内容を採用するように努力をしています。』

【 求められる独自の創造性と情報管理 】
Q: これからの時代、設備設計者/設備技術者は、どのようなことを考えて設計や運用管理をすべきでしょうか?
『現在はIT化が進んで、日本全国のみならず世界のどこにいても同じ情報を共有できます。同じ環境で均一的なツールを使えるのです。従って、若手からベテランまで、同じレベルの設計が可能な環境になりました。そんな中でみんなと同じでは成長がありません。設備設計の自由度は格段にアップしているので、工夫することはたくさんあります。均一的なものを使いながら、いかに自分独自の創造性を発揮できるか、クリエイティブな設計ができるかが求められると思います。
それにもうひとつ、情報が漏洩しないように気をつけること、漏洩への危機管理が必要です。大事な資料の取り扱いについては、外部の人たちと情報のセキュリティに関する内容を盛り込んだ契約の交渉をするなど、設計者にも管理マネージャー的な役割が求められます。設計だけやっていればよかった時代は終わりました。
創造性を持つことと情報の管理。設計者は、この2つの問題をきちんと認識して対処しなければならないと思います。』

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