特集 「IT時代の建築設備設計/管理のゆくえ」
第6回
『ITで変わる組織の在り方と「環境の世紀」における建築設備の方向性』

石福 昭 氏
石福 昭 氏

早稲田大学
理工学総合研究センター
客員教授

(社)建築設備綜合協会会長

  1. ITによる設備設計/管理の変化について
  2. IT時代はアライアンスの時代
  3. アライアンスはグローバルな流れ
  4. チャンスを迎える建築設備業界
  5. 職能のボーダーラインが変わる
  6. 従来的な職能がなくなり、必要となる新しい職能
  7. 「成長と繁栄の世紀」から「環境の世紀」へ
  8. IT時代への対応のために
第6回目は、早稲田大学理工学総合研究センター客員教授の石福昭先生にお話を伺った。石福先生は、大学教授になられる以前の日建設計時代に、世界貿易センタービルやパレスサイドビルをはじめとする数々の有名建築の設備計画・設計・監理を担当され、1981年から宇都宮大学、1990年から早稲田大学の教授として、優れた研究実績を持つ、建築設備設計の第一人者である。
今回のインタビューでは、ITによる建築業界の仕組みと体制の今後の変化についてのお話や、設備設計者・エンジニアの新しい職能への対応の必要性など、さまざまなお話を聞くことができた。
インタビューを通して、IT時代における建築設備設計/管理の方向性と、設備設計者・エンジニアがこれからすべきことが見えてきた。

【 ITによる設備設計/管理の変化について 】
Q: ITによって、建築設備設計は、今後どのように変わるとお考えですか?
『建築設備設計は、今後、著しく変わると思います。いままでは、設計だけが独立した領域のような捉え方をしていました。しかし、今後の設計は、企画から設計、施工、運営管理、改修・補修、解体までの全体のライフサイクルの中の一過程としてしか捉えられなくなっていくと考えています。
従って、設計だけが変わるのではなく、企画から解体までの建物のライフサイクルが大きく変わる中で、設計も変わっていくということです。
いままでは、良い設計をすれば良かったのですが、これからは、運用はもちろん、取り壊す時まで、建物の一生涯に責任を持った設計/管理が必要となります。
ITによる変化ですが、ITといっても、いろいろな捉え方があります。建築設備として最も消極的な対応は、IT時代の建築を支援する建築設備としての受動的な対応です。情報通信設備を重装備した建物を円滑に機能させるための対応や、将来の熱負荷増への対応などがそうで、従来の建築設備の延長線上でITに対応するものです。
これに対して、積極的な対応があります。それが、ITにより建築設備自身を高度化し変革する対応です。ITはOA(オフィスオートメーション)やBA(ビルディングオートメーション)に大きな影響を与え、OA、BAなどの統合化が進められています。この統合化によってオープン化が促進され、各システムを接続するソフトウェアやハードウェアのインターフェースが公開され、その仕様の規格化が進展し、BACnetやLonWorksが生まれました。いままでバラバラに制御されていたものが、この統合化・オープン化によって、一本化され、ビル管理全体が一体化していくでしょう。
建築設備設計/管理は、この積極的な対応が重要です。』

【 IT時代はアライアンスの時代 】
Q: ITの普及によって、建築業界の仕組みや体制は大きく変わるのでしょうか?
『ITの中で社会全体に最も大きな影響を与えているのが、EC(電子商取引)です。ECによって、取引の仕組みや、体制が変わっていきます。国土交通省の建設CALS/ECもその一例です。これからは、建設CALS/ECに対応しないと、受注もできないという状況になろうとしています。
建築界の今後は、受注の仕方から、つくる体制までも変わっていきます。従って、建築設備設計或いは建築設計もその体制が大きく変わっていくと思います。
これまで、設計の中心的存在だったのが、組織設計事務所でした。組織設計事務所は、数百人もの設計者を抱え、それゆえに大きな仕事ができたのです。しかし、ITの普及により、遠隔地の人同士で仕事を行うことができるようになった現在、1つの組織に所属しなくても、大きな仕事ができるのです。
これからは、アライアンス(連合組織)の時代です。一人で仕事をしていても、能力のある人同士がアライアンスを組めば大組織と同じ力があるのです。巨大なプラントを持たなければならない、製鉄や板ガラスなどのメーカーは組織の規模が大きい必要がありますが、巨大なプラントが必要ない建築設計業や施工業は巨大な企業である必要はないのです。
最近進められているゼネコンの分社化の動きも、このアライアンスの時代への対応の一環といえると思います。IT社会は、専門組織または専門家がITにより有機的につながっている社会なのです。』

【 アライアンスはグローバルな流れ 】
Q: 自治体は過去の実績を重視して設計の発注をする傾向がありますが、この辺りは変わっていくのでしょうか?
『日本においては、このようなアライアンスのチームに仕事があまり来ていないのが現状ではあります。しかし、すでに欧米では、小さなアソシエイツがプロジェクト毎に設計者やエンジニアを募集し、大きなチームを組んで大きな仕事をしています。これはグローバルな流れなのです。日本でも、これからアライアンスを組んだチームが、いい仕事をして成功していけば、自治体も変わっていき仕事が増えていくでしょう。
また、アライアンスには、同業者だけでなく、建物のライフサイクルを通じて関係する人が入る必要があります。
それから、日本の組織設計事務所やゼネコンは日本独特の文化なので、日本のアライアンスについては、日本流のやり方が確立されていくでしょう。』

【 チャンスを迎える建築設備業界 】
Q: 建設業界は、スクラップ&ビルドの時代が終わり、ストックの時代を迎えていますが、建築設備業界はこれを大きなチャンスと捉えてよろしいのでしょうか?
『2040年~2050年には、新築工事は建築工事全体の1%弱になるという予測があります。まさにこれからはストックの時代となり、リニューアルの時代となります。リニューアルの時代には、設備の投資比率が増えます。建物の躯体に比べ設備機器のライフサイクルが短いこともあり、リニューアルは設備に問題があって行う場合が多いからです。従って、リニューアルの比率が増えますので、設備設計者・エンジニアにとって、これからの時代はまさにチャンス到来の時代ではありますが、これを生かせるかが問題です。なぜなら、このリニューアルの仕事を主体的に行うのが必ずしも設備設計者・エンジニアかどうかはわからないからです。設備設計者・エンジニアは、このチャンスを絶対に生かすべきで、そのために、もっと積極的な姿勢や、建築をリードする気概を持たなければなりません。
これからの時代は厳しい時代でもありますが、それ以上に面白い時代だといえるでしょう。なぜなら、これからは、ITの普及により、新しい世界をつくる時代であるからです。先程お話したアライアンスの時代となり、小さな組織の人が大きい組織にいなくても大きい仕事ができるようになる時代です。
昔、建築がレンガ中心から鉄筋コンクリート中心に変わって、建築が大きく変わった時代がありました。この時、古い人たちの多くは対応ができず、若い人たちが台頭しました。いまのIT時代も同様です。IT時代は若い人たちには、大きなチャンスなのです。』

【 職能のボーダーラインが変わる 】
Q: 設備設計者・エンジニアは、このチャンスを生かすために、どのような視点を持つべきなのでしょうか?
『時代の変化により、従来的な職能がなくなり、新しい職能ができてきます。職能のボーダーラインが変わっていきます。いまでさえ、設備設計者・エンジニアの職能はどんどん広がってきています。
リニューアルの時代にこれから設備の投資比率が増える中で、そのチャンスを生かすためには、設備設計者・エンジニアは、ボーダーラインが変わる新しい職能を身につけ、建物のライフサイクルはもちろん、建築の在り方など、社会に対して提案していく姿勢で仕事に取り組むべきでしょう。』

【 従来的な職能がなくなり、必要となる新しい職能 】
Q: 建築設備設計/管理の今後の方向性について、どのようにお考えですか?
『いま、建築は工業化に向っています。この工業化が進展していくと、設備機器などのユニット化が進み、それを建設現場に持ち込み、それを組み合わせて建物をつくることになっていきます。こうなると、従来的な設備設計者・エンジニアの仕事はほとんどなくなっていきます。設備設計者・エンジニアは、このユニット化するための諸条件を確認し、その諸条件をメーカーやアッセンブリ会社に発注し、ユニット化を図ります。そして、建物のライフサイクルを通して、最も良いユニット化、部品の循環を図るために、いままで建築にあまり関係していなかった業態を含めた、いろいろな業態が関係していくと考えています。
従って、従来的な設備設計者・エンジニアの仕事が減り、違う職能が必要となっていきます。この新しい職能をカバーしていけるかどうかが、設備設計者・エンジニアが生き残るための大きなキーポイントになると思います。』

【 「成長と繁栄の世紀」から「環境の世紀」へ 】
Q: 環境と建築設備についてのお考えを伺えますか?
『20世紀は、人類文明にとって「成長と繁栄の世紀」でした。そして、いま迎えた21世紀は「環境の世紀」といわれています。「成長と繁栄の世紀」の延長線上には、この「環境の世紀」は存在し得ません。「環境の世紀」の中で、建築は長寿命化の時代となります。この長寿命化は、建築と設備の維持保全によって達成されます。従って、建築設備にとって21世紀は「維持保全の世紀」といえ、21世紀は、創造性に満ちた維持保全とリニューアルの技術が続々と登場するでしょう。
このような状況の中で、建築設備は"スケルトン&インフィル"という考え方をすべきです。つまり、躯体と設備の完全分離という考え方です。スケルトンとインフィルをどう整理するかが課題ですが、このスケルトン&インフィルという考え方が「維持保全の世紀」を実現するための重要な鍵となると思っています。
また、ITの利用による設備の遠方監視も重要です。先ほどお話した設備機器制御を統合化することによってビル管理全体が一体化するとともに、複数の建物、或いは地域全体、そして、遠隔地の建物を監視・制御できるのです。従って、きめ細かなエネルギー消費量などのコントロールも可能となり、環境とライフサイクルを考えた維持保全ができるようになります。
今後の建築設備は、このスケルトン&インフィルとITの利用による設備の遠方監視が重要になります。』

【 IT時代への対応のために 】
Q: 設備設計者・エンジニアは、IT時代に対応するために何を考えるべきですか?
『建築が文明史の中で、どのような位置にあるかを考えることが重要です。現状では、ほとんどの設備設計者・エンジニアはこれを考えていません。建築は、文明活動の象徴です。過去の歴史を学び、現在を考えると、おのずと将来に必要な建築が何か見えてきます。アーキテクトはこれを考える立場にいます。設備設計者・エンジニアもこれを考えなくてはなりません。もっと歴史的にものを見て、その中でいま使っている技術を考えるべきです。
歴史を振り返ると、産業革命による工業化と市場経済が現在の文明を生み出しました。いま、IT革命の時代を迎えていますが、ITが進展すると、どんな社会とライフスタイルになっていき、都市と建築がどう変革するのかを考えなければなりません。
IT時代の建築設備の対応は、時代の変革の本質とゆくえを充分に見据えたものでなければなりません。』

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