特集 「IT時代の建築設備設計/管理のゆくえ」 |
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第9回は、(株)日建設計 環境計画室長の伊香賀俊治氏にお話を伺った。伊香賀氏は、空気調和・衛生工学会賞、環境・省エネルギー賞建設大臣賞など、数々の受賞に輝いた建築物の環境計画・設備設計を手掛けられ、東京大学助教授時代には、環境予測を中心とする優れた研究成果を挙げられた、建築界における環境計画/マネジメントの旗手である。
今回のインタビューでは、「環境の世紀」の中で建築界がおかれている状況や、そのような状況の中での環境に対応した具体的な取り組み事例、そして、「環境の世紀」に求められる設計者のスキルと能力など、さまざまなお話を聞くことができた。
インタビューを通して、「環境の世紀」という時代の大きなうねりを実感するとともに、これからの時代に建築関係者が果たすべき役割が見えてきた。
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【
地球環境に対して大きな責務を担っている建築界 】 |
Q:
まず、「環境の世紀」といわれる中で、建築界がおかれている状況について伺えますか? |
『我が国におけるCO2排出量は、1年間で約12億トンですが、そのうち約1/3が建築に関連しています。実際に、1990年のCO2排出量は約12億トンで、そのうち建築に関連して排出されたCO2は4億3千トンとなっています。
従って、21世紀に我々自身と次世代が良好な関係を維持するために、建築界が果たすべき役割は非常に大きいといえるでしょう。
では、具体的にどれくらいのことをする必要があるかということですが、(社)日本建築学会が、1997年の12月に気候変動枠組条約京都会議(京都会議)に呼応して、「建築学会声明」を公表しました。私もその作成に携わったのですが、この「建築学会声明」では、新築物件でライフサイクルCO2(LCCO2)の30%削減、改修物件でLCCO2の15%削減、建物の長寿命化(耐用年数の3倍延伸)、エコマテリアルの採用を目標として掲げています。
いまのまま何も環境対策を講じなければ、建築関連のCO2排出量は2008〜2012年には1990年に比べ15%増大すると推計されており、京都会議で合意した我が国の温室効果ガス削減目標である6%減の達成に向けての大きなマイナス要素となってしまいます。
従って、地球環境という観点から、建築界は大変重要な責務を背負っているのです。』
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【
求められる業界全体としての「建築学会声明」の実践 】 |
Q:
新築物件でLCCO2の30%削減などを目標とする「建築学会声明」を実践した場合、どれくらいの効果が出るのですか? |
『「建築学会声明」を公表した翌年の1998年から実践されていれば、2008〜2012年のCO2排出量は1990年に比べ6%削減されると推計されています。つまり、建築関連だけで、京都会議で合意した我が国の温室効果ガス削減目標の6%減を達成できるわけです。
さらに、「建築学会声明」の実践を続ければ、2050年には1990年に比べ約60%削減され、世界のCO2排出量を2100年の時点で1990年の1/3レベルにすべきとした、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)のシナリオにも合致します。
建築界の対策開始が2001年に遅れた場合には、2008〜2012年のCO2排出量は1990年に比べ3%削減に留まり、2006年に遅れた場合には、1%増大となってしまいます。
従って、建築界全体として、「建築学会声明」を少しでも早く実践することが、建築に携わる者の責務と言えるでしょう。』
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【
建築ストックをマネジメントするソフト産業への変容の必要性 】 |
Q:
「環境の世紀」に、建築業界はどのように変遷するとお考えですか? |
『1990年には、新築工事の床面積が約2.7億m2で、何らかの改修工事が行われる建物の床面積が約2.5億m2でした。新築工事の床面積は2020年にはその約半分になり、2050年には新築工事は全体の1%未満になると予測しました。
この数字は、私が東京大学在職時に算出した数字です。国土交通省や総務省の各種統計データから推計した建物ストック量、日本の人口が2008年頃をピークに、2050年には1億人に減少するとした厚生労働省の中位人口予測、日本の建物の用途別・構造別の寿命実態(野城・小松・吉田・加藤先生の研究成果)を利用して推計したものです。
例えば、日本の事務所ビルは完成後35年で半数が取り壊され、欧米の実態に比べて1/3以下の短寿命建築といわれ、これが建設廃棄物問題を深刻化させる一因になっています。このため、建物の長寿命化を前提に耐用年数3倍延伸として計算しています。新築物件は2050年頃にはほとんどゼロに近くなり、改修工事ばかりになると推計されます。
従って、21世紀の建築界は、新築工事を中心としたもの作り産業から既存建築資産のマネジメント産業へと変容せざるを得ないと思います。つまり、建築ストックをマネジメントするソフト産業にならなければならないのです。』
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【
環境負荷を減少させるグリーンビル 】 |
Q:
LCCO2の排出量を減らし、環境負荷を減少させるには、どのような実践をすればいいのですか? |
『一言で言えば、グリーンビルを建築することです。グリーンビルとは、「ライフサイクルを通した環境負荷が少なくなるように配慮された建築物」を指す造語です。
グリーンビルの類似語としては、サステナブル・ビルディング、エコスクール、環境共生住宅などがあります。
私も幹事として参加した日本建築学会の、サステナブル・ビルディング小委員会では、サステナブル・ビルディングを「地域レベルおよび地球レベルでの生態系の収容力を維持しうる範囲内で、建築のライフサイクルを通しての省エネルギー・省資源・リサイクル・有害物質排出規制を図り、その地域の気候・伝統・文化および周辺環境と調和しつつ、将来にわたって人間の生活の質を適度に維持あるいは向上させていくことができる建築物」と定義しています。
環境負荷の減少を図る建築とするためには、建築のライフサイクルを通しての省エネルギーを達成するエネルギー消費の少ない建築であり、また、リサイクル可能な「エコマテリアル」を採用した建築物を設計する必要があります。』
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【
7年前から取り組んだグリーンビルの設計 】 |
Q:
グリーンビルの具体的な実施例はあるのですか? |
『1997年4月に竣工したY研究所と、1998年9月に竣工したM大学が具体的な実施例としてあります。これはどちらも私が環境計画と設備設計を担当したのですが、実は1997年12月の「建築学会声明」が公表される以前に設計を進めていたものです。
《
豊な自然環境に囲まれた低層のグリーンビル 》
Y研究所は、1994〜1995年にかけて設計したものです。設計を始める前に、通常の設計をした場合のLCCO2をまず算出しました。通常の設計とは、内断熱50mm、窓は二重ガラス、灯油利用などの一般的な建物のスペックです。
Y研究所の建設予定地は富士山麓でしたが、太陽エネルギーを利用しやすい立地でした。そこで、太陽熱集熱気や太陽光発電を採用しました。それ以外に、自然採光、自然換気、外断熱100mm、地中熱利用などを採用し、窓ガラスは高断熱複層ガラス(Low-eガラス)にしました。
このような設計により、通常の設計をした場合に比べ、運用時CO2排出量を40%削減し、LCCO2排出量の約30%削減を実現しました。
《
都心に建つ超高層のグリーンビル 》
M大学は、1995年に設計したもので、私は当時、文部省のエコスクール整備指針づくりに参加しておりましたので、その実践例ともいうべき作品です。東京の御茶ノ水という都心に建つビルで、周りの土地を有効利用するために、超高層ビルにすることが決まっておりました。
M大学の一番の特徴は換気にあります。この建物は23階建ての超高層ビルなのですが、すべての窓の換気口が自動的に開閉する自然換気ハイブリッド空調を採用しています。窓を開閉した方がいいのか、空調を入れた方がいいのかを、コンピュータ制御で部屋単位に判断しています。
大学の教室は、学生にとって自分の部屋という認識が薄く、責任を持って換気窓を開閉してもらうことは期待できないこともあり、コンピュータ制御方式としました。自然換気効果を高めるために、各階の教室の換気窓から流入した外気は、エスカレータの竪穴を経由して18階に設けた風穴階から排気されます。エスカレータが設置されていない19階以上については、自然換気のために設けた2個所の竪穴を経由して最上部から排気されるようにしています。
以上のような自然換気の工夫のほか、省エネルギー対策を効果的に採用しています。また、低層部屋根面を積極的に緑化しています。最近では、条例で屋上緑化を推進する地方公共団体も出てきましたが、その先進的事例です。
M大学は、竣工後の運用データを取らせて頂き、毎月のエネルギー消費量やLCCO2排出量の実際の数値で運用結果を検証しました。1999年の1年間の運用結果は、自然換気により冷房空調費は年間約17%節約されました。その他の省エネルギー対策も積極的に採用することによって、通常の設計案に比べて、運用段階のエネルギー消費量が40%削減され、LCCO2排出量が37%削減となりました。』
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【
急速に広まる国際的な建築物環境性能評価システム 】 |
Q:
建築物の環境に関する評価システムというものはこれから構築されるのですか? |
『すでに、さまざまな建築物の環境性能評価システムが出てきていますが、その中でもグリーンビルディングチャレンジ(GBC)は、国際的な取組みとして、最も注目されています。
これは、カナダが提唱し、1996年から日本を含む先進14カ国で検討が開始されたもので、世界共通の評価尺度で建築物の環境性能を評価して、点数をつけるというラベリングのシステムです。1998年にGBC'98という評価システムをつくり、2年ごとに評価基準の見直しを行っていて、現在は、GBC2000となっています。参加国も2000年には発展途上国を含む19カ国となり、2002年にはさらに24ヶ国になりました。
また、日本建築学会でもLCA指針案を作成しています。私がこの開発を担当したのですが、LCA指針案はCD-ROMで配布しています。
それから、官庁施設を設計する際には、グリーン庁舎の計画指針に準拠する必要がありますが、この指針を生かした設計がされているかを評価するための評価システムも公開されています。』
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【
従来型の設計業務とは違う次元のコンサルティングが必要 】 |
Q:
建築ストックをマネジメントするソフト産業へ変容する中で、設備設計者或いは建築設計者は、これからの時代にどのようなスキルと能力が必要となりますか? |
『これからは、どういう設計をすると、どんな省エネ効果が見込めるのかを予測できる能力が必要です。いままでは、真夏や真冬に対応できる設備機器の容量選定ができれば良かったのですが、これからは年間を通した予測ができなければなりません。
従って、LCA(ライフサイクルアセスメント)を考えなければならないのです。施設運用の省エネ予測はもちろん、建物を建設する時にどれくらいの環境負荷が発生するのかを予測し、それを極力軽減する設計が求められます。
そうなると、従来型の設計業務とは違う次元のコンサルティングが必要となるのです。
特に設備設計者・技術者に関しては、いままでのような設備機器の選定能力だけではだめです。アセスメント能力を磨かなければなりません。
それから、先程、従来型の設計業務とは違う次元のコンサルティングが必要となると言いましたが、新しいビジネスチャンスでもあります。
例えば、先程お話したグリーンビルディングチャレンジ(GBC)は、建築物の環境性能を評価して、点数をつけるというラベリングのシステムですが、これが普及すると、建築物の環境性能を評価して格付けすることがビジネスになっていきます。
従来型の設計業務とは違う次元のコンサルティングは、すでに全くの異業種がビジネスとして行っているものも少なくありません。例えば、環境会計や環境報告書の作成を会計事務所が行っているのが一例です。この異業種からの参入は、今後さらに増えていくでしょう。
建築界ものんびりしてはいられません。従来型の設計業務とは違う次元のコンサルティングを新しいビジネスとして立ち上げ、取り込んでいくことが重要です。そのためには、LCAに関するコンサルティング能力の向上が不可欠です。』
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注)2050年までの予測に関する図の出典:伊香賀俊治・村上周三・加藤信介・白石靖幸:我が国の建築関連CO2排出量の2050年までの予測、日本建築学会計画系論文集No.535、pp53-58、2000.9
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