■ 特集「設備設計/管理 最新ITレポート」
第3回「ITによるエレベーター管理」
(株)日立ビルシステム
昇降機事業部保全技術部
主任技師
久保田弘司氏
「設備設計/管理 最新ITレポート」の第3回は、「ITによるエレベーター管理」をテーマに、(株)日立ビルシステム 昇降機事業部保全技術部主任技師の久保田弘司氏にお話を伺った。
今回のインタビューでは、エレベーターリモートメンテナンスシステム「愛称:ヘリオス」の開発の経緯とその特長を中心に、ITを活用したエレベーター管理の現状と今後の可能性等についてお聞きした。
エレベーター管理のみならず、エレベーターに関する今後の方向性について、楽しみなお話を聞くことができた。
ITによるエレベーター管理
1.ITを活用した最近のエレベーター管理について
2.ネットワークによる管制センターでの一括管理
3.利用者やオーナーのニーズに応えた運転切り替えシステム
4.求められるメンテナンスの資格制度の確立
5.制御方式・通信方式の標準化の課題
6.エレベーター管理データ活用の方向性
7.今後のエレベーターは、ソフト面での充実と進化に注目


【ITを活用した最近のエレベーター管理について】
Q: ITを活用した最近のエレベーター管理についてお伺いできますか?
『当社では、世界初のエレベーターリモートメンテナンスシステム「ヘリオス」を開発しました。ヘリオスは、エレベーターの管理・診断・サポートを遠隔地から自動的に行うマイコン制御方式のメンテナンスシステムです。
ヘリオスの開発テーマは、「24時間、365日の自動監視・診断」、「定期点検時の停止時間の短縮」、「部品の取替え予測の高度化」の3つです。ヘリオスは、この3つの課題を達成したシステムとなっています。
エレベーターに備えられた遠隔知的診断装置から、電話回線を通じて管制センターと各営業所に24時間、365日、エレベーターの運行状況などの情報が自動的に逐一入ってきます。従って、エレベーターの「24時間、365日の自動監視・診断」が可能となっています。
また、月1回の定期点検の一部を、エレベーターを止めずに、プログラム制御で行います。そのため、定期点検のためにエレベーターを停止する時間を大幅に低減しました。従って、以前のようにエレベーターを止めて点検することは、最低年4回程度で済み、技術者が現地へ出向く回数が減り、時間の短縮を実現しています。「定期点検時の停止時間の短縮」という開発テーマを達成するとともに、お客さまの指定時間に合わせてチェックができるので、ニーズにあった運行が可能になりました。
「部品の取替え予測の高度化」については、エレベーターに備えられた遠隔知的診断装置から管制センターと担当営業所にエレベーターの情報が自動的に逐一入ってきますので、そのデータを分析することで各機械の劣化状況や異常の前兆を事前にキャッチすることで達成しています。
以前であれば、定期点検に行ってもわかるのはその時のエレベーターの状況だけでした。故障した場合でも、その故障状況しかわかりませんでした。ヘリオスなら365日、エレベーターの状態を把握しているので、現状をチェックしながら将来のメンテナンスにも役立てられます。故障が発生してからでは時間も費用もかかりますが、事前にわかっていれば、通常のメンテナンスの中で処置ができる。つまり、質の高いメンテナンスを行うことができるわけです。
また、エレベーターの運行状況などのデータは蓄積されて、月1回レポートとしてお客さまに届けています。
現在、日立ビルシステムで管理するエレベーターの台数は約16万台。うち、約10万台がマイコン制御方式で、その中の約6万台にヘリオスが導入されています。また、ヘリオスは、平成11年に製品やサービスの質の向上などに寄与する手法やシステム開発をした企業に贈られる「石川賞」を受賞しました。』
▼ 「ヘリオス」 サンプル画面 ▼
エレベーター運行状態モニタ表示画面
エレベーターの運行状態を遠隔でリアルタイムに確認出来る。
エレベーター運行タイムチャート表示画面
故障発生前後のエレベーターの動きを確認出来る。
エレベーターシーケンスタイムチャート表示画面
故障発生前後の制御信号の状態を確認出来る。
エスカレーター運行状態モニタ表示画面
エスカレーターの運行状態を遠隔でリアルタイムに確認出来る。

【ネットワークによる管制センターでの一括管理】
Q: 管制センターへは、エレベーターの運行状況や故障の連絡など、すべての情報が入ってきているわけですね?
『ヘリオスを導入しているエレベーターについては、エレベーターがどの階で停止しているかの位置情報やドアの開閉の状況などの運行状況がリアルタイムに入ってきています。その他、故障やエレベーター内のインターホンからの連絡もすべて管制センターと担当営業所に入ってきます。
故障発生時には、サービス拠点である各営業所からサービスマンが現場へ向かいます。管制センターでは、営業所と連絡を取り合ってこれまでの監視データや過去の故障履歴などを確認し、原因の解析と復旧支援を行い、現場に直行した技術者をサポートします。
管制センターは東日本、西日本に1ヵ所ずつ、営業所は全国335ヵ所にあります。連絡が入ってからサービスマンが現場に到着するまで、全国平均約20分です。場所によっては、もっと速い時間で到着も可能です。』

【利用者やオーナーのニーズに応えた運転切り替えシステム】
Q: お客さまのニーズの中で最近、何か目立った変化はありますか?
『ニーズも多様化しています。そのニーズに応えるために開発したシステムのひとつが、2000年に導入したばかりのエレベーター運転モード切り替えシステム「i-ELEMODE(アイ-エレモード)」です。ビルや施設の使い勝手に合わせて、さまざまな運転モードが設定できるのが特徴です。
例えば、マンションの場合、夜、特に遅い時間に女性が一人でエレベーターに乗るのは不安だという方が多いのではないでしようか。まして、途中の階で誰かが乗ってきたら緊張が高まるでしょう。そんな時は、1階から自分が降りたい階へエレベーターを直行運転させることができます。また、病院などで病室に食事を運ぶ時間帯だけエレベーターを配膳専用に使えるようにすることもできます。運転モードの切り替えは、曜日や時間帯を自動設定することも、手動でそのつど変えることもできます。それに、かご内と乗り場のディスプレイには運転モード情報を表示したり、天気予報やニュースなどを提供することもできるので、より快適なエレベーター利用が可能です。
高齢社会や福祉面でのニーズに対応したシステムとしては、「マルチビームドアセンサー」があります。これはエレベーターの利用者が乗り降りを終えるまでドアの開閉を制御するもので、ドアの間で発光する赤外線ビームを遮ると、ドアの先端についている安全装置(セフティシュー)を手や体で押さなくてもドアが反転するようになっています。車椅子やベビーカーを利用している方、高齢者の方や荷物で両手がふさがっていてボタンが押しにくい方への配慮など、安全性と利便性を重視したシステムです。
また、防犯カメラ設置も増えています。安全の確保だけでなく、エレベーター内のいたずら防止にも役立っていて、お客さまのメリットがより出ていると思います。』

【求められるメンテナンスの資格制度の確立】
Q: メンテナンス業界においての最近の変化は?

『最近は、私たちのようなメーカー系のメンテナンス会社とは別に、独立系のメンテナンス会社がたくさん登場して競争も激しくなっています。
メーカー系だと、メンテナンス技術者やヘリオスなどのトータルなシステムが構築できますが、独立系は技術レベル面でも研修の施設がなかったり、トータル的なシステムがないなど、バックアップ体制が弱いといっていいでしょう。エレベーターのメンテナンス資格は年1回の定期検査を行う国家資格だけで、通常の定期点検のための資格制度はありません。ですから、極端に言えば誰にでもできてしまうのです。当社の場合、社内にメンテナンスの資格制度を設けて技術・技能の維持と向上を図っています。昇降機監理士をトップに、昇降機保全整備士1 ~ 3級までの段階があります。
故障の通報があったときに迅速な処置をするためにも人員の確保も必要です。そういう技術者の育成と確保のためには、企業としては教育費などの投資がどうしても必要です。
また、災害が起こってエレベーターの運行に支障が起こった場合には、その地域の技術者だけでは対処できないこともあります。そのときは、全国の技術者がフォローする。そんな面でもメーカー系の強みを発揮できると思っています。』

【制御方式・通信方式の標準化の課題】
Q: エレベーター管理システムで持っているデータをFMなどのライフサイクルサポートに利用することは可能ですか?

『1つのビルで同じメーカーのエレベーターが設置されていれば問題はありませんが、1棟に何台ものエレベーターが入っている大きなビルでは、複数のメーカーのエレベーターが設置されることがあります。エレベーター業界は、独自の技術や特許技術などで性能を競っているので、それぞれメーカーごとに制御方式も通信方式も違っているのが現状です。従って、複数のメーカーのエレベーターが設置されているビルでは、エレベーター管理システムで持っているデータのフォーマットに互換性がないため、FMなどのライフサイクルサポートに利用することは非常に困難です。
日本エレベーター協会では、通信方式の統一も検討されていますが、欧米のようにすぐ対応できる状況にはまだ至っていません。ただ、これからは標準化される方向で進んでいくでしょう。ビルのオーナー側の受けとめ方もあって、標準化されたシステムを積極的に導入するという既成事実をつくっていけば、動きが早くなるかもしれません。
ただ、管制運転といっている、災害が起きたときのビル内のネットワーク化はすでに標準化されています。』

【エレベーター管理データ活用の方向性】
Q: エレベーター管理のこれからの方向性について伺えますか?

『ヘリオスのユーザーに毎月提出しているの管理レポートを、メールでほしいというお客さまもいます。将来は、IDやパスワードで、ネットワーク上で見られるようになることも可能ではないかと考えています。また、オーナーやビル管理者が管制センターへアクセスして、自社のエレベーターの状況をリアルタイムに確認できるようになって、私たちと情報を共有する形になることもありえると思います。現在ヘリオスはメンテナンスツールという位置づけですが、それだけではなくてお客さまが活用できるシステムになっていければと考えています。』

【今後のエレベーターは、ソフト面での充実と進化に注目】
Q: 今後、エレベーターはどのような進化が考えられますか?

『建築基準法が改正になって基準が緩やかになってきています。その関係で、シースルータイプのエレベーターや、背面ドアがついたエレベーターのバリエーションが増えるのではないかと思っています。
マンションのエレベーター・セキュリティも変わってくるのではないでしょうか。最近、セキュリティに指紋照合システムが登場していますが、玄関の自動ドアとエレベーターにそのシステムを取り入れて、指紋照合でドアが開いてエレベーターが自動的に登録してあるフロアに止まってくれるというのも考えられます。
また、エレベーター内でコマーシャルや天気予報などを流すモニターの設置型が増えていますが、これからは、さらにモニターを使っていろんなことができるようになるでしょう。ブルーツースの普及でエレベーターも変わってきています。
それから、携帯電話などの情報機器の発展に呼応するようなエレベーターの進化が望まれます。今後は、携帯電話などの情報機器の発展に合わせた技術開発が多くなっていくと思います。
しかし、現状は新しいエレベーターの開発に2・3年かかっていて、IT時代についていけない面もあると言わざるを得ません。そういう時代の動きに迅速に対応できるような切り口を用意しておかなければと考えています。
エレベーターは、箱として捉えられ、ハード的なイメージが強いのですが、今後はソフト面での充実と進化が期待できると思います。
エレベーターに乗っている時間は短いかもしれません。でも、乗っている間に情報が得られる、また、乗降を待っている間でも快適な時間を過ごせる、そんなシステムを導入して、エレベーターをより安全で、快適で楽しい空間にできたらと思っています。』

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