特集 「IT時代の建築設備設計/管理のゆくえ」 |
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第2回目は、株式会社 竹中工務店
設計部設備担当マネージャーで部長の松浦重剛 氏にお話を伺った。竹中工務店は、いうまでもなくゼネコン大手であるが、その
設計部は、数々の優れた建築作品を設計し、竹中工務店設計部出身の有名建築家 を数多く輩出しており、建築界の中でも一目置かれている。
今回のインタビューでは、ITによる新しい設備設計/管理への期待、IT時代
に求められる設計者の資質、そして、設備設計者のアカウンタビリティ(主体的
責任)の重要性など、これからの時代に向けての示唆に富むお話を聞くことがで きた。 |
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【
竹中工務店における設備設計者のプロジェクトへの関わり方 】 |
Q:
まず、建築プロジェクトに設備設計者が関わるプロセスを伺えますか? |
『設備設計者は、建物の企画の最初の段階からプロジェクトに参加します。設備
設計者がプロジェクトの初期段階で大きな役割を果たすことは、建物の将来を考 えると、非常に重要なことです。
まず最初に設備設計者は、建築主や意匠設計者とさまざまな打ち合わせを行いま
す。その後、意匠設計者から意匠設計のイメージ、すなわち意匠設計者の実現し
たい夢を聞いて、建物に対するお互いの思い入れをやり取りするのです。設備設
計者も企画の段階で実現したい夢を描きますので、この時点ですでに建物に対す る思い入れが相当出てきています。
また、当社の場合、デジタル化した建築情報を企画から設計、施工、運用まで一
貫して流通させる「SISC-T」という自社開発のシステムを1996年から導
入しておりますので、プロジェクトの早い段階からデザイン、エンジニアリン グ、コンストラクションの担当者が参加するようになっています。』 |
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【
ITによる設備設計の実際の変化 】 |
Q:
ITの普及により、設備設計は、実際にどのように変わってきていますか? |
『一つには、さまざまなことがビジュアルに表現できるようになりました。CAD
やCGでビジュアルに表現することで、建築主、意匠設計者、設備設計者、施
工者間でのコンセンサスが取り易くなり、それぞれが事前に納得ができるように なりました。
例えば、ドームの設計などの場合には、ビジュアルな表現を元に設計を詰めなけ
れば、部分によってはそれぞれが違う認識のままプロジェクトが進行する可能性
がありますので、ITは認識の共有化を図るための非常に有効なツールだと思い
ます。先程申し上げた建築主、意匠設計者、設備設計者が実現したい夢を共有す
る、あるいは具体的にその可能性を詰めるには、ビジュアルな表現は欠かせませ
ん。建築主と設計者が共通の夢を描けると、新しいことへのチャレンジができる
ようになります。新しいチャレンジをしたい時にも、ITはそれを後押ししてく れる道具になっています。
それから、シミュレーションソフトによって、さまざまなシミュレーションが行
えるようになったことも、ITによる大きな変化といえるでしょう。解析をする
には、まだ時間や手間が掛かりますが、設計段階でさまざまな確認や検証ができ ることで、設計の精度を高めることが可能になっています。
しかし、まだまだもっと多くのシミュレーションソフトが今後必要だと思いま
す。そして、自分の机のPCで時間や手間を掛けずにシミュレーションが行える
のが理想です。もっとさまざまなシミュレーションソフトが揃えば、設備設計者
は知恵の勝負の時代となってきます。やりたいことがますますできるようになり ますので、いままで以上にいろいろな夢が描けるようになると期待していま
す。』 |
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【
重要なのはコンピュータが出した結果を実際に置き換えること 】 |
Q:
ITにより、設備設計は大きく変わっているといえるのですか? |
『ITが普及してきていても、設備設計は大きく変わってはいません。例えば、
シミュレーションにしても、ほとんどは設計者の頭の中でやっています。すべて
のシミュレーションをコンピュータで行うことは、時間やコストのこともあって 不可能です。
また、コンピュータでシミュレーションした結果についても、その結果をそのま
ま受け止めて済むわけではありません。コンピュータは、入力したデータを元に
ソフトウェアのプログラムにより、計算結果を数値や画像で出してくれますが、
出た結果を判断するのは設計者なのです。設計者は自らの経験、そして、コンピ
ュータに入力されていないさまざまな要素(入力条件と実際運用面との整合な ど)を踏まえて、コンピュータが出した結果を実際に置き換えることが必要で
す。設計者にとって、自らの経験とどのような要素を重要視するかということが 大事なのです。』 |
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【
設計者は建物の生みの親 】 |
Q:
何が最も変わっていないのでしょう? |
『設備設計が大きく変わっていないというのは、設計者が建物に対して強い思い
入れを持ち、心を持って接するというスタンスは、今も昔も変わらないからで
す。特にITの時代になればなるほど、設計者の心というものが重要になってき
ています。デジタルな世界だけでは非常にせちがない世の中になってしまいま
す。せちがない世界こそ情緒、デジタルに対比して言えばアナログが求められま
す。つまり、デジタルが世の中に広がれば広がるほど、アナログが求められてい くということです。
建物は人間と同じなのです。建物を人間に例えれば、設計者は生みの親なので
す。ですから、心を持って建物に接し、健康で丈夫な建物になるよう心掛けると ともに、設計段階で常に建物の長寿命化を考えています。
最近特に、アカウンタビリティ(主体的責任)が日本人にも問われる傾向が強ま
っていますが、生みの親として建物の生涯に責任を持つというアカウンタビリテ ィが、設計者にとって非常に重要な資質の一つなのです。
また、設計者は建物の生みの親であると同時に、ホームドクターという側面も持
っています。建物の運用面に関しては、自分の子供の面倒を見るように、建物の 面倒を見ることが大事だと思います。』 |
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【
設備管理におけるITへの期待 】 |
Q:
建物の運用面、特に設備管理が最近注目されていますが、設備管理におけるITへの期待をお伺いできますか? |
『設備の履歴(設計段階から現在に至るまでの重要な情報を建物カルテという形
でイメージしている)を管理するのにITは大変有効だと思います。ITを利用
して、建物のカルテをデジタルデータで管理し、今日の建物の状況が毎日把握で
きるようにしたいと考えています。毎日の建物の状況は、設計者や管理者だけで はなく、もちろん建築主にもわかるようにです。
一つ一つの建物の健全性を最終的には知りたいと考えています。その建物が居住
者を中心とした人たちにとって、良い環境であるのか、最適化されているのかを 知るためのツールとして、ITに大きな期待をしております。』 |
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【
求められる建築設備データベースの構築 】 |
Q:
建物のカルテはどの程度お持ちなのですか? |
『建築主から年間で数十件くらいのデータを頂いております。本当は設計した
すべての建物のデータを頂きたいのですが、データを出すことによる建築主の具
体的なメリットがないとなかなか頂くのが困難です。具体的なメリットとは、
「例えばあなたの建物は標準値より設備の省エネが何%達成されています」などの
ような評価のことです。これができるように、今後はデータの平均値を出して、 それを元にしたコンサルティングを行いたいと考えています。
この平均値とは、当社で設計した建物の一部の平均値で、自社の設計物件に限ら
れた数値です。従って、もっと客観的なデータを元にしたコンサルティングを行
うためには、協会などの公的な機関が建築設備に関するデータベースを構築する
必要がある思います。より多くのサンプルを元にした平均値・標準値が近い将来 に得られるよう望んでいます。』 |
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【
常に意識しているのは「建物の在り方の最適化」 】 |
Q:第1回の「IT時代の建築設備設計/管理のゆくえ」で、宮城大学の沖塩先生
が「設備設計者はファシリティマネジメント(FM)の中心になれる」とおっしゃっ てましたが、設備設計者としてFMをどう捉えていますか? |
『沖塩先生はFM界の第一人者ですから、建物の企画から運用までの全般という
日本ファシリティマネジメント推進協会(以下JFMA)が定義しているファシ
リティの広い領域を見る中心に設備設計者がなれるとおっしゃったわけですが、
FMの領域や定義の解釈が人によってまちまちなのが現状です。FMというと、
すぐに設備だと考える人が多いようです。しかし、沖塩先生がおっしゃるとお
り、FMは設備だけでなく、建物全体で考えるものです。私としても、トータル なFMを実践したいと考えています。』 |
Q:先程、「建物が居住者にとって、良い環境で
あるのか、最適化されているのかを知りたい」と言われましたが、JFMAの定
義でもFMの目的は「建物の在り方の最適化」となっています。従って、かなりFM
の視点で建物の設計/管理を実践されていると思ったのですが、FMを常に意 識されているのですか? |
『これからの時代は、設備設計者がやらなければならないことがますます増えて
いくと思います。大手ゼネコンでは、設備設計者が建物の企画の初期段階からプ
ロジェクトに参加しています。特に最近は、意匠より設備のコストの比率が高い
建物が増えていますので、設備設計者は企画の段階でもすでに以前より役割が増 えてきています。
また、コミッショニングについても一部実践を以前より始めています。そして、
運用が安定した以降のメンテナンスや設備更新、コンサルティングなど、FMを
意識しなくても、結果としてFM的なことをやっているのです。特にFMを意識
しているということはありません。というよりも、建物に対して思い入れを持っ
て、建物が健全に設計・施工・運用されているかということを常に意識していま す。』 |
Q:CAFM(コンピュータによるFM支援)ソ
フトについては、どうお考えですか? |
『最近の例で、ある病院で導入しているCAFMは数種類のソフトで運用してい
ました。ベースとなるソフトは必要ですが、CAFMは建物用途によってカスタ マイズが必要だと思います。』 |
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【
コミッショニングにはデータを持つことが重要 】 |
Q:
コミッショニングは、どのように行っているのですか? |
『コミッショニングは、建物用途ごとにやり方やチェックする期間が違います。
コミッショニングは竣工後に行うものと捉えられているようですが、例えば、原
子力発電所や生産施設などのように、竣工して一旦運転を開始したら以降止める
ことが難しい建物もあります。従って、これらの建物は特に竣工時点で他の建物 よりコミッショニングが重要となります。』 |
Q:
コミッショニングを行うためには、その数値が適切かどうかを判断する適正
値が必要だと思うのですが、建築主は、何が適正値かを判断するスペックを持っ ているのですか? |
『生産施設などは、当然自社も、客先でもでスペックを持っていますので、それ
を元に設計確認をした上で、運用チェックをします。それ以外の建物で客先から
スペックの提示がない場合は、設計の段階で建築主から設備に対するニーズを伺
って、当方でのデータを元に提案し、建築主とのコンセンサスを得るようにして
います。今後は、できるだけ多くの設備情報のデータベースを持つことが重要に なっていくと思います。』 |
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100近くもある設備の要素技術 】 |
Q:
先程、「設備設計者がやらなければならないことがますます増える」と言われ
ましたが、その中で設備設計者は、どのようなことを心掛けるべきだとお考えで すか? |
『設備の要素技術は、現在我々の中項目分類として約100もあります。これか
らさらに広がる領域の中で、自分がどの部分の専門家になるのかを考え、コアと
なる専門領域を持つことが重要です。コアとなる専門領域を持たずに、いろいろ な領域に手を出していってもうまく行きません。』 |
Q:
設備の要素技術は、約100もあるのですか。それを社内だけでカバーでき ているのですか? |
『ほとんどをカバーしていますが、要素技術によってはその領域の専門家が極端
に少ない場合もあります。また、中には高度な技術領域ながら、あまり頻繁に必
要となる技術ではないものもあります。そのような領域は、アウトソーシングし
ています。アウトソーシングは必要ですが、希望にかなう専門家はまだ少ないの
が現状です。他社の優秀な専門家がどんどん起業して、アウトソーシングしたい と思う優秀な専門家が外部に増えることを望んでいます。』 |
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【
環境の重要性の基本的な理解を社会に広げるために 】 |
Q:
環境と建築設備については、どのようにお考えですか? |
『心掛けているのは、当然、省エネルギーやCO2の軽減などの環境への配慮で
すが、設備設計者は、環境への配慮を建築主に見える形にしていくべきだと思い
ます。環境への配慮により、ランニングコストの削減など、どのように建築主へ
享受されることがあるのか、建築主にメリットがわかる形にしていかなければな
りません。建物の環境への配慮を世の中に見えるようにしていく必要がありま す。一番見えやすいのはコストで見えるということです。
決して専門家だけに閉じた環境への配慮にならないような注意が必要です。建築
だけの専門領域だけでなく、広く社会と共有できるものを実現することが重要だ と思います。
基本的な理解を社会や建築主にして頂くことにより、イニシャルコストが掛かる ことへの理解が広がることにもなりますから。』 |
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設備設計者は夢を持っていることが重要 】 |
Q:最後に、これからの時代に向けて、特
に若い設備設計者が元気になるメッセージをお願いします。 |
『設備設計者は夢を持っていることが重要だと思います。
まず感性を豊かにする意味で、プライベートな時間で旅行をしたり、映画を見た
り、あるいはスポーツをしたりして、そこにある建物、空間を実際によく味わっ
て欲しい。そうすることによって、こんな建物や空間がいいなというような感覚
が養われていくと思います。その思いが自分が設計をする建物において実現した い夢になっていくと思うのです。
また、技術面では、単なる技術の後追いでは、追いついていくだけで精一杯にな
り、疲れてしまいますから、時代の先を行くということを常に考えることが、設 備設計者が元気になる大きな要素になるのではないかと思います。
そして、自分の存在感をしっかり自分自身が感じられるようになることも、元気
になる要素だと思います。先程申し上げたように、設備設計者のカバーしなけれ
ばならない領域は広く、その要素技術は約100もあります。その中でまず1つ
のコアとなる専門領域を持つことによって、自分の存在感を自分自身で感じられ るようになる。それから領域をできるだけ広げていって欲しいと思います。』 |